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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

と。

「妾一番恐れますのは、司馬様というあのお方と、九十郎とが親しくしていて、それで今も出て行って、わたし達のことを九十郎に話し……」

「さあ」と範之丞は眉をひそめた。「思わぬことはないのだが、そこまで疑がって思ったら、一刻もここにはおられないし……また最初からこんなところへ、来なかった方がよかったのだが……来てしまった今はもう少し、寛大に様子を見た方がなあ」

「でも」と織江は押していった。「いくらかでもあぶなっかしく思いましたら、大事持つ身万全を計り、少しも早くここを出て……」

「ここを出て……どこへ行くな?」

「ひとまず旅籠へおちつくか、藩のお重役――お奉行様へなり、お縋りして事情を話し……」

「さあそれは考えものだ」範之丞は首を振った。「第一敵の九十郎が、はたしてこの城下にいるかいないか、それさえハッキリわからぬうちに、奉行などへ届け出るのは、あわてものに見えて見苦しく、町の旅籠へ泊まるのはよいが、主人の留守にここを出るのはのう」

いわれて見ればもっともであった。

で、織江は黙ってしまった。

しかし彼女としては兄の態度が、心もとなく思われるのであった。