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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
織江に対する九十郎の態度、これはまた変ったものであった。
暴力などに訴えて、想いを晴らそうなどとはしなかった。
親の敵として自分を狙う、恐ろしい女であるがゆえに、いっそ後腹病めぬよう、討って取るのが至当だのに討ち取ろうともしなかった。
ただ一緒にいるのであった。
九十郎に助けられ、全く正気に返った時、織江の発した第一の言葉は、
「兄上はいかがなされましたか?」
この悲痛の問いであった。
と、九十郎は言葉少なに答えた。
「拙者この刀で斬りはしませぬ」
と。
(殺しはしないということだろうか?)
織江には疑問であった。
よしんば刀で斬らずとも、殺す方法はいくらでもある。
(殺したのか、殺さなかったのか? 生きているのか、死んでしまったのか?)
これについて織江は幾度も訊いた。
九十郎の答えは同じであった。
「拙者この刀で斬りはしませぬ」
漠然としてい、曖昧としていた。
二人の生活そのものが、漠然としてい、曖昧としてい、捕捉しがたいものなのであった。
あの夜二人は下諏訪宿まで走り、そこの旅籠へ宿をとり、九十郎は織江の介抱をし、高島城下の様子を探った。
司馬又助は無頼の浪人、殺されたのは諸人の幸せ、そんな塩梅に取り扱われて、高島藩でも下手人について、たいして詮索もしていないらしい。