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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

「ここにおりましても詮ないこと、一揆衆の中を押し通り、江戸へ参ろうではござりませぬか」

お吉は驚いて範之丞を見た。

従来見られなかった明るさと、雄々しさとが範之丞の顔にあった。

「伊織様!」とお吉はいった。「お供いたすでござりましょう。……江戸へ参るでござりましょう。……妾、あなた様のお心へ、そういう勇気の起こりますことを、どんなに念じておりましたことか! ……道中の苦患はこのお玉が、身に換えお引き受けいたしまする」

「何んの!」と範之丞は凛々しくいった。「今後はいっさいこの伊織、そなたに憂き目など見せませぬ。それほどなれば江戸へ参ろうなどと、何んの私申しましょう。……道中にての苦患も危難も。この伊織こそ引き受けまする! ……死も必定、生も必定、観じて見れば覚悟一つ! ……さあお玉殿参りましょう」

「あい」とお吉は嬉しそうにいったが、名残り惜しいというように、四辺をつくづくと見廻した。「一度去ったら車塚の郷、こんなところへは二度とふたたび、参ることではござりますまい。……恐ろしいところではございましたが、今は懐かしく思われまする」

「まことに」と範之丞もしみじみといった。