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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

つい彼女はトロトロと眠った。

が、不意に眼をさました。

扉の錠を部屋の外から、音させるものがあるからであった。

扉があいて老人がはいって来た。

それは田沼意次であった。

「あッ」

と織江は声をあげた。

何がなしに意次の顔の表情に、恐ろしいものが見えたからである。

田沼は部屋の内側から、ふたたび扉へ鍵を下ろすと、振り返って織江を凝視した。

「織江殿」

とややあっていった。

「この老人を喜ばせてくだされ」

ソロリと一足前へ進んだ。

「アッ」

と織江はまた声をあげ、長椅子から飛び上がり身を固くした。

「不幸なわしじゃ、楽しみのないわしじゃ、この老人を喜ばせてくだされ」

意次はまたもソロリと進んだ。

「…………」

無言ではあったが織江は必死、身を守ろうと拳を固め、女豹のように構え込んだ。

老いても精悍の意次であった。そういう織江の態度を見ても、躊躇するような様子もなく、舌なめずりをしないばかりに、またソロリと進み寄った。

十九

自暴自棄になっている意次であった。この欝積した心持ちを、何かによって晴らさないことには、いたたまれない意次であった。

そこへ織江が現われたのである。