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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

02 こけ猿の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 241,861 字 · 480 页

青空文庫

六

おんしたわしき萩乃どの……左膳は一気に、ぬれ燕ならぬ濡れ筆を、巻紙へ走らせたが、すぐ、

「まずいなア」

と一本黒々と線をひいて、そいつを消してしまった。

「ちえっ、若旦那のつけ文じゃアあるめえし――」

左膳、ひとりでてれて、かわいそうに、真っ赤になっています。

六

いつまでたっても、少女を感動させるような名文は、できそうもありません。

すっかりくさった左膳、髪の中へ指をつっこんで、ガリガリ掻くと、雲脂がとぶ。

竹になりたや紫竹だけ、元は尺八、中は笛、末はそもじの筆の軸……思いまいらせ候かしく。

といいたいところだが、これじゃア義理にも、そんな艶っぽい場面とは言えない。

ましてや。

筆とりて、心のたけを杜若、色よい返事を待乳山、あやめも知れめ水茎の、あとに残せし濃むらさき。

なんてェのは、望むほうが無理で、色よい返事を待乳山――どころじゃアない。そのまつち山から、まず夜が明けそうです。

じっさい。

室内のどこやらに、白っぽい気がただよいそめて、今にも牛乳屋の車がガラガラ通りそう、お江戸は今、享保何年かの三月十五日の朝を迎えようとしている。

巻紙をにらむ左膳の眼ったら、まさに非常時そのものです。