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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
赤十字病院はやはり金持なんだな、と考えた。
彼はポケットに突っこんでいる指先に意識をとめてみた。ポケットにはさっき亀田の家族へと言って仙吉にあずけた百円のほかに、もう一枚の百円紙幣がうすいなめし革のような触感をもって指先に存在を知らせた。彼は、その紙幣と同居している脂臭い物をポケット糞といっしょに探り出した。それは半分の紙巻煙草であった。一本の半分まで吸って、揉み消した方を紙パイプの中へ突っこんで丹念に次の喫煙慾の起るまでしまっておいた半分のピンヘットである。
トム公は、その吸いかけの方を紙パイプから抜いて差し直しながら、そこにあった大きな鉄の炭挟みの先へ挟んで火をつけた。そして口へ持って来て横に咥えると、初めて呆っけにとられている老小使へ返辞をした。
「おじさん、おら、残飯貰いじゃねえぜ。この赤十字病院にはいっているおっ母あに会いに来たんだ」
「じゃ正門の方へ行きな。そして、受附へ面会人の名前と、自分の住所姓名を言って、その上で、医務室のゆるしを得なければいけない」
「だって、表門は締まっているじゃねえか」
「面会は午前九時から七時半までの規則だから」