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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
からたち
……もし刑事に捕まった時は捕まった時だ、おれは、これを、亀田さんの家族に渡してやらなけれやならねえ」
「ばか。ばか。――そんな大金を持って捕まったひにゃ、なおさら罪が重くならあ。それなら今、おれが亀田のおかみさんを呼び出して来てやるから、どこかそこいらに隠れていろ」
仙吉は、そう言って、イロハ長屋の暗い露地にかくれた。
からたち
しばらくすると、嬰児の泣くのをあやしながら、亀田の細君が仙吉に連れられて、いそいそと駈けて来た。今夜も、トム公の母のいた空家には刑事が張込みに来ているらしいからと言って、ふたりはトムに注意をしながら、植木商会の菊畑へはいって菊の中にかくれながら話した。
「トムさん、こんなお金をいただいてどうしましょう。良人が帰ってから叱られます。どんな内職をしても、留守のうちだけはやって行きますから……」
と、亀田の細君は、どうしても金を受けなかった。まだ貧民街のどん底気質に馴れない中産階級型のこの細君は、刑事に追われているトム公の手から出された百円紙幣を、何の恐怖もなくは見られなかった。
しかし、母乳が出ない上に、赤ン坊のミルクを買う金もないので、母も子も、蝋燭のように青く痩せ細っていることは、仙吉が、よく知っていた。