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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
十九号室
――取りこまない白い洗濯物が、からたちの垣から桐の木へ、幾すじも渡してあった。
あの三階に見える弱々しい灯の一つが、盲目の母の枕辺を照らしているのだと思うと、トムはひとりでに眼がしらが熱くなった。
十九号室
越前蟹みたいに大きなそして赤く灼けた薬罐が、炭の一俵もおこしたほどな炉の上に、手とつるとを伸ばしていた。医務室の職員たちもあらかた帰ってしまって、番茶殻まできれいに流してしまった小使部屋の老小使は、貸本屋の「自転車お玉」を愛読しながら、板裏草履の脚を椅子から椅子へ長々と掛けていた。
生首正太郎と自転車お玉とが、築地河岸の闇で七五三科白で、匕首を持ち合う出合場のところで、小使はちょっと本をふせた。同時に彼は、沸きこぼれている大薬罐の湯気の向うに、忍術を使って立っているような少年マドロスの姿を見出して、変な顔をしながら、職務的になった。
「おや、どこからはいって来たんだ、おまえは。――残飯なら明日おいで、明日」
ぼんやりとそこへはいって来たトム公は、この小使部屋で珍しいものを見た。それは天井から下がっている五燭の電気だった。居留地の異人館ですらまだ多くがランプなのにここには電気がついている。