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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
一婦人
その頃、紀尾井町の隣家にいた縁故で、千坂家の末娘を、ある県判事の家内に、世話をしたことがある、桐代というてな、たいへん美人であった」
おむらは、まじめに聞いていた。
一婦人
「――千坂男爵は、上杉家の支藩で、血統も正しい、両親も厳格であるし、兄弟たちも、それぞれ立派に社会に出ている。その末娘じゃから無論教養も十分、性格もまちがいないものと信じて、世話をしたのが誤りだった。媒人が若い」
「先様と合わなかったのでございますか」
「なに、その娘の性格が、先天的に淫らにできていたんじゃ。嫁ぐとすぐ、良人の赴任先で、書生と密通するというように」
「まあ」
「すぐ破談になった。それで、わしとの手は一時切れていたが、それからも嫁ぐ先で、幾たびも姦通騒ぎを起した。千坂も弱り果てて、しまいには、邸にひきとって、監視をつけておいた、その監視に媚色を送って、座敷牢をやぶって逃げてしまうという女じゃ、女にしては、めずらしい」
「上流のおひい様にも、そんなお方があるんでしょうか」
「あるな、その程度ならいくらもある。――だが千坂の娘は、そんなことでは納まりがつかん。それからも、男へ渡りあるいて、しまいには衣食にも窮してしまった。