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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
赤い舌
こういう人たちにありがちな尊傲な、それも至って安っぽい官僚ぶりを鼻にかけながら、座蒲団の上に大きな臀部をぶえんりょに乗せて、
「おかみ、この別嬪は」
と鼻で、お光さんを指したものである。
「わたし?」と、お光さんは先に答えた。
「ゆうべ、おたくでごやっかいになった、トム公の同類のお光というもんですわ。――むらさき組のお光さん。え、わたしのこと。君! まだ新米らしいわね」
顔ばかり見つめてしまって、うもすも言うのを忘れている刑事をうしろに置いて、お光さんは、家の中を素通りすると、とんぼのように裏通りの秋晴れへ出て行った。
赤い舌
トム公は、ゆうべも今朝も、伊勢佐木警察署の刑事部屋で、刑事たちに、さんざん撲られたり蹴られたりした。けれどやがて九時ごろ、西戸部の少年懲治監へ廻されて来てから、急に、故郷へ帰って来たように、愉快になれた。
ここは監獄ではない。そうかといって、学校や家庭のようでもなかった。高い黒塀は一丈もあるし、陽当りのわるい部屋には一つ一つ錠がかかるようになっている。昔は――明治四、五年ごろには、戸部の西洋牢と言って、ふつうの罪人を収容した遺蹟だそうであるが、今では畳を敷いて、遊戯場には一個のピアノを置き、曲木細工の椅子が四つほどもあって、英国社会教育家のなにがしという老外人が、不良児の感化事業を試み