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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
頓馬
が――下にはボートが待っていた。黒眼鏡のからだが、蟹の穴だらけな黒い河砂の上に顛落すると、樫井と西村もすぐとび降りた。トム公もとび乗った。
そして黒眼鏡の四肢を、ぎりぎりと隅へしばりつけるとボートは、オールの唄のどかに、鉄の橋の下を辷るように潜って行く――
びっくりして、色を失った豆菊や若い妓はその橋の上を、今にもわっと泣き出しそうな顔をして、関内の街へ、走っていた。
頓馬
火を放ければ、ぱっと、海が燃えそうだ。重油船からにじみ出る油の皮膜が、マーブルペーパの紋様みたいに薄くひろがっている。
赤い帆の快走船、白い帆の快走船。また、猫背なヤンコの鉄骨の上には、秋の午後の陽がとろりと舂いて、C字形の築港に抱かれた港内の海はまるで思春期の猟虎の肌みたいに滑らかだ。
――岬の十二天へ登って、お光さんは、港内を見下ろしながら、広東服の膝を組んで、その上へ、巻煙草を挟んだ指を放心的に乗せていた。
「――失敬ですが」
先刻から、森のうしろへはいったり、社の絵馬を仰向いたりしていた洋服屋の職人みたいな鳥打帽が、その廂へ、ちょっと手をかけながら、彼女の前へ屈みこんで来て――