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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
温室
「なるほど!」
島崎はすぐ落着いた。
馬車の中からうしろを覗くと、色グラスのライトを点けた同じ型の馬車が、楽しい夕べをれきろくと奏でるように、すぐ後からつづいて来る。
その中には、夫人の姿も見え、奈都子と今村の顔も見えた。――そして前にゆく島崎を祝福しているかにみんな明るい。
だが、それよりも後に、また一台、幌のやぶれた辻馬車が、荷物のように黒い人影を積んで、ぐわらぐわらと、華やかな二つの薔薇色の疾走に尾いて来つつあることを、恐らくは、誰も知らないらしいのである。
温室
幾つもの窓の灯は映えて、青い夜の空に、魔の翼のように風車はくるくると廻っていた。本牧の――石炭屋高瀬の別荘である。
横浜の桟橋に、巨大なジャマンの商船や蘭領インドあたりの無数の外船が新しくはいりこんでいるような時は必ず、この風車の家の下には、桃われや、つぶしや、銀杏がえしの、数多のニホン娘が、関内の花街から送りこまれて、夜をくだつ器楽や強烈な酒精の騒音と共に、毎夜毎夜、更けるのを知らない。
高瀬理平はその間に、石炭といわず、雑貨といわず、そのころ夥しく輸出される絹ハンケチといわず、何でも、利のあるものを売りこんで、巨額な儲け仕事をするのだと言われていた。