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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
壮俳
その叱り飛ばしかたが、刑吏の罪人へのぞむような声だったので、愚連隊の連中は、きっとお光さんがまた例の手をやると思っていると、案の如く、お光さんは、きらりっと馭者の顔を見上げて、奔馬のまえに屈みこんでしまった。――そして轢かれもしないのに片足を抑えて、
「痛い、痛い……」
と顔をしかめた。馬は止まった。奔馬のまえに屈みこむ美人を轢き殺してゆくほど勇気のある馭者はかつてなかった。術もなく、お光さんの甘い策にかかるのだった。
お光さんにはこういう叛逆的な性格が多分にあって、ことにそれが、二頭立ての馬車や一等列車に納まり返っている上流の人間に向って強いのである。貴顕豪商というと彼女は生れぬまえからの仇敵のように反抗したくなるのである。――奔馬の前の危険な強請も、稀興味的にやりたくなる衝動の発作なのであった。
壮俳
けれど、馭者は驚いた、悪戯とは思わない。
「だ、だから、言わないこッちゃない!」
と蒼くなって馭者台から飛び降りると、屈みこんでいる彼女のそばへ寄って、
「どこです? 怪我は、怪我は」
と、あわて声でたずねた。
「足を折ったのよ」
彼女は言った。
「折った?」