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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
慕住
その代り、きょうは店へ買い取って貰いたいものがあるのよ、この間、二千円と評価したけれど、千五百円に負けとくわ、儲けさして上げたり、言うことを肯いたりする、こんな若い孔雀を持って、あんたは何ていう幸福者」
と、お狒々さんの腮をつまみながら、左の指から外した指環をその鼻の先へ出して見せた。
慕住
そこの「時計の心臓」は、いつのまにか真っ暗になった。ちょうどそれが懐中時計の機械の中の紅玉石を象徴するように、赤い豆電気が三ヵ所から、寝床に向ってぼんやりした光を投げている。
ギギギと、天井の遊体歯車の一個が活動しはじめると、何処かにかくれている鐘板がジャンジャンと時の音を連震した。――お光さんはその音響に眼をさまして、さめるとすぐ無意識に、その指が、寝くたれた髪の毛を耳のうらへ掻き上げていた。
「……八時?」
と、数えていると、どこか遠い外の方で、するどい指笛が二度ばかり聞こえた。彼女は、寝床からすぐに手のとどく小さな梯子へ足をかけて、時計塔の鍵穴から首を出した。
眩ゆい宵の街光と繁華な人の流れが、眼の下に見下ろされた。しかし誰も、その夜の星空のよいことに無関心でいるように、柳田商会の時計塔の穴から、白い女の顔が、町を物色しているとは気がつかないのである。