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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

菩提夢

呆っ気にとられているのを後にして、お光さんは活溌に、石段の降り口へ向って歩き出した。――そこへトム公が駈け上って来た。トム公を見るとお光さんは、姉のように手を伸ばした。

「どうしたえ、連中は」

「今、黒眼鏡を引っぱッて、ここへ来るよ」

「税関のスパイがいるから、ここへ来てはまずいね。どこかないかしら、ほかにいい場所が」

「坂のナンキン墓は」

「あ、あそこなら静かでいい、こっちへ上がって来ないうちに、ナンキン墓の方へ行くように連中へそう言っておくれ、私は、上から廻って行くから」

長い急な石段を、トム公が転がるように、駈け降りてゆくのを見て、お光さんは反対に、十二天の境内を裏坂の方へ歩き出した。その背なかへ、まだ先刻の頓馬なスパイの眼がこびりついているのを感じながら――

菩提夢

川すじで、貸ボートを捨てた一群の愚連隊たちは、柳田商会の前でうまうまと罠にかけた黒眼鏡の男を取りかこんで、誰の眼にも、何の異様も感じさせずに、北方の通りをぞろぞろと連がって来た。

「十二天はいけねえとよ! ナンキン墓だ、廻れ右」

先へ行ったトム公が戻って来て、そう告げる。

谷戸坂を登って、左側の高い崖をのぼると、中腹に土饅頭型の陰気な丘があった。