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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

吊洋燈

ひとりが、ピンヘットを出した。ひとりがマッチを点けた。

マッチとピンヘットが、順々に、みんなの手へ渡った。――のどかな紫煙が、トム公の鼻の穴からまで出た。

吊洋燈

夜あかしの好きな南京街の窓は、まだ所々に、紅燈を残している。康有為の建てた大同学校に於てする清楽の哀歌がほそぼそとカーテンから洩れている。つい四、五年前の日清戦争の亡国的記憶を忘れ果てるように、清国の学生たちは、毎晩、学堂で夜を明かしていた。

愚連隊の影が、その窓の下を、ぞろぞろと一列になって通った。順和商行と関羽の廟のあいだを曲って、いくつもの、ほそい露地をたどると、さっき、宵に、トム公の訪れた、阿片クラブの地下室へ出る。

銀絡の大きな吊洋燈をつるしてある地下室では、今夜は、もう例の金貨から砂金を採る仕事をしてはいなかった。――小指の爪をおそろしく長くのばしてある主の李鴻章は、赤い房のついている水煙管をくわえながら、花梨卓へ肱をついて、女の顔の白さに、眼をほそめてた。

女は、お光さんだった。北方のむらさき組のお光さんだった。彼女は、横浜ハンケチ女の中での孔雀だった。月々、ここの李鴻章から多大な小費金をもらっているというのは、うそであると、トム公はいつも人にも言う。