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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
征服
ポケットの口にハーモニカを短銃のようにのぞかせているトム公だった。
「お光さん」
「あ、トム公、おまえここにいたの?」
「主人はすぐそこの奥に寝ているぞ、いないなんて、大嘘さ、おれが連れて来てやろう」
と、大股にあるいて、隣室の扉をぽんと足で開けた。すかさずに、広東服のお光さんは、彼につづいてその部屋の口から、
「ご主人、起きて頂戴な」
と、覗いた。
征服
「誰だおまえは。やたらに人の居宅へはいって、寝室へまで無断で来るやつがあるか。警察へ言うぞ」
「結構ですわ」
と、お光さんは、椅子に倚って、ほそい脚線を組みあわせた。
「けれどご主人、君は、私の用向きを聞かなくってもいいんですか」
「おまえみたいな婦人に、わしは、何の用件も持っとらん。いずれおまえは、女愚連隊とか、ハンケチ女とかいう、そんな類の者じゃろう」
「そうよ、私は、ハンケチ女から成り上がった、女の愚連隊よ。しかしご主人、君もつい十何年かまえは、港橋で真っ黒なパイスケを担いでいた石炭担ぎじゃなかったの」
「失敬なことを言うな。つまみ出すぞ」
「おもしろい、私が、つまみ出されるかどうか、トム公、そこで見物しておいで」