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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
空の獣
ほかへ行っても、ハジかれる率の多い者にきまっていた。
トム公には、あぶれて帰る人たちの執着がわかった。大人になったら、おれはかんかん虫の指揮者になりたい、病人や老人はあぶれさせないようにしてやる、と彼はポケットの中で握り拳を固くした。
「親方」
「なんだ、トム」
「この人をたのむよ」
「ほ、お髯さんか。立派なもんだな」
「官員さんだもの」
トムは顔が利く。お髯さんは処女みたいに顔を赤くした。まったく彼が着て来た失業前の遺物らしいチョッキは異彩を放ち過ぎていた。
空の獣
かんかん虫とは、星の夜に、秋草の蔭で、しおらしい美音をまろばすあの鉦たたき虫のことではない。同じく、鉄はたたくが、目も鼻も耳の穴も、まっ黒になって、船のサビ落しをやる労働者の名だ。或いは、港の船を目あてに、ペンキ塗りでも何でもやる自由労働者のことと通用してもよい。
午の、ドンが鳴った。
トム公は、ほかのくろんぼ連と一緒に、七千トンの※槽の底から午飯を食べに甲板に上がって来た。半日の作業で、どの顔も、どの顔も、蝋燭と、カナ錆でまっ黒に生れ変っている。
その中をキョロキョロしながら、
「オーイ、おじさん」