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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
伯の旧事
で言った。
「かんかん虫ってなアに?」
「清ちゃんのお父さん、かんかん虫じゃないの」
「あらひどいわ」
「トム公って、おもしろい名だわね」
「ごまかしても、だめだわ、覚えてらッしゃい」
「あら、痛いッ、女将さん、清ちゃんがいじめるわ」
女将は、学校の先生のように、雛妓たちの中にたって、めッと、睨んでみせた。
それを、雛妓たちは、よけいにおかしがって、いっぺんに、声を出して笑った。――けれどその中に、たったひとり、笑いもしないで、泣きそうにしている妓があった。いちばん美しい雛妓だった。
伯の旧事
伯を正賓としての、その日の高瀬家の招待は、いろんな趣向を尽して、午後から夕刻までつづいた。
豪奢な町人趣味の饗宴は、ようやく、伯をして、少々倦怠を催させて来たし、たえず、その顔いろを見ている高瀬理平にもわかった。
「いかがでしょう、だいぶ席が濁りましたから、ひとつあちらの茶室で、姪の不手前なお薄茶を差しあげたいと存じますが」
七時に、神奈川県下の政党人たちの懇話会にのぞむが――それまでにはまだ少し時間がある。
大隈伯は、チョッキの時計をのぞいて、
「よかろう」
と、言った。