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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

「私たちのだけは許して欲しいわネ」

「まさか。――あはははは大丈夫ですよ。あ、話が外れちまったが、おとといの晩トム公の体に異状があったのをごぞんじですかえ」

「異状って?」

「とうとう、食らいこんだんです」

「えっ、捕まったの」

「それを皆さんに報らせたいと思って、おとといの晩からずいぶん泡を食ッちまったってわけでさ」

と黒眼鏡は豆菊から聞いたとおりのことを、そこで早口に、雑沓の中で話し出した。――競馬場の中では初日ゲームの第一戦を報ずる爆音が揚がった。観覧席からは騎手の名をさけぶファンの絶叫が嵐のように起っている。それを、思いがけない蹉跌で聞きながしている愚連隊たちは、いかにも髀肉を嘆じるように振り顧って、

「なあに、トム公のことだもの、捕まったって、二十日鼠じゃないが、すぐに脱け出して来るさ」

と、なるべく簡単に、はやく、片づけたがった。

「でも、検事局へやられたら、もう手遅れですからな」

「未成年者だから、あそこまでへはやられまい。警察からすぐに少年審判所送りになって、八丈島の感化院へやられるのさ。――鳥も通わぬ八丈島のね」

とお光さんが言った。お光さんはいつもに似あわない憂鬱で、言うことまでが感傷的であった。