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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「よせ!」
誰か、ノックしていた。
「奈都子さん?」
「ええ」
理平は、姪の顔を見ると、すぐ言った。
「奈都子、きょうは大隈伯のお顔を見せてやるぞ。前の総理大臣閣下、新聞でよりほか見たことはあるまい、御前様のお顔は」
「なんのご用事で行らっしゃるの」
奈都子は、やがて義父になる伯父と、生さない伯母の前に、一つずつ珈琲をおいた。
「そりゃ、商売じゃ」
「だって大隈さんは、石炭なんぞ、買わないでしょう」
「大隈さんに、石炭は売りつけられんよ、運動してもらうんじゃ、海軍の方へ。こんどの遠洋航海の艦隊だけでも、たいへんなもんだよ。また、生糸の方でも、いろいろといい便宜がある」
石炭と生糸の話になると、奈都子は、理平の顔が、石炭に見えたり、さなぎに見えたりして来た。開港場成功者は、みんなそうであったがこの伯父が昔、石炭かつぎをしていた頃の姿まで見えて来て、いやであった。
「伯母さん、きょう、どうなさるの」
「疲れているから、今、お断りしていたところなのよ。奈都子さんだって、大隈伯なんて、おじいちゃんの顔なぞ、見たくないわね」
「え……でも……何でしょう」
目交ぜで、クスリと笑っていると、理平は、新聞に眼を突かれたように、ガチリと、珈琲茶碗をおいて、