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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

中は、真っ暗だった。

だが、石の歩廊を少し歩いて、左側のカーテンをあげると、

「ほう?」

と、その中で、間の抜けた驚き声を出した者がある。

「李鴻章、また来たよ」

「トムか」

李鴻章にそっくりな男は、もうひとりの清国人を相手に細長い網袋の両端を持ち合って、何かその中にある非常にいい音のする金属を、極めて気永に、揺りうごかしていた。

「何をしてるんだい?」

トム公は、そこにあったピンヘットを一本抜いて、燐寸をすると、すぱッと美味そうに口へ咥えた。

「何さ、李鴻章」

「これ?」

「ム」

「砂金採り」

「へえ」

「まだわからぬ?」

「わからねえヤ」

「これ、みんな金貨。五千円程ある、こうして一晩ゆすぶる、金貨の角と角がすれるな、それ細かい金のクズが下にたくさんたまる、また、銀行に持ってゆく、金貨の額少しも変りない、またお紙幣を金貨に換えて来るな、またこれをやる。いくらでも砂金採れる。密貿易、阿片、みんなあぶない、これいちばんいい」

「ちっとも、面白くねえヤ」

トム公は、歩廊へ出て、隣のカーテンを剥ってみた。卓の上に、阿片を吸う真鍮の道具が、幾つも、ぴかぴかと光っておいてあるのみで、今夜は、誰もいなかった。