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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

離亭の茶席へ誘ったところで、理平は、伯のふところにはいって、商法にかかるつもりだった。が、その胸算を切り出さないまえに、伯は奈都子のたてた薄茶をひと口のんで、

「高瀬、すこし、女将に話があるんじゃが、みんなあッちへやってくれんか。む、君も……」

そして、千歳の女将だけを、そこに止めた。

「あら、みんなお人払いをして、何でございますの御前様」

「おむら、もそッと、前へよれ」

「こうでございますか」

と、おむらは笑いながら膝をすすめて、

「いやに改まって、変じゃございませんか」

「女というものは、どうして、そうすぐ気を廻すんじゃろう」

「あら、そんな意味じゃございませんわ。御前様こそ、私の申しあげたヘンをヘンにお取りになっていらっしゃるくせに」

「冗談は措こう、時間がない」

「どうしても、こん夜の終列車でお帰りでございますか」

「ム。そこで、お前に頼み残して行きたいことがあるんだが、無論、きいてくれるだろうと思う。――ほかじゃないが、極めて内輪の話だ。秘密を守ってもらわなければ困る」

「なんなりと、私で、できますことならば」

「わしが民部省に勤めていた頃、もう二十年も前だから、権書記じゃ。