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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
と、西洋乞食は寒がった。
「ところが、そうは行かないんですよ諸君。なぜと言えば、これは当店の品でも私の所有品でもありませんから、――実を言うと今日、ちょうど私が店の金庫の前に坐っている狒々旦那に、お小遣いをねだっていると、そこへ、ある男が、売りに来た品物なの」
「なるほど」
「二千円……はあると言うのよ、狒々がね」
「ふウむ」
「男は、すぐにも売りたい顔なの」
「いったい、その男ッていうなあ、どんなご人態なんだい」
「至って、おとなしやかな商人風の三十二、三という人物さ。黒眼鏡をかけて、糸織の袷羽織に、角帯をしめて、茶の中折帽、東京から来て今生糸の相場へ思惑をしてみたが、ちょっと、追敷が足らなくなったからと、軽く言っているのだがね……」
「あぶねえもんだぜ、そんな口は」
「あぶないどころじゃないのよ、諸君」
「へ」
「ちらと、私がそばから覗くと、まあ、どうだろう、その前に検事局や伊勢佐木警察署へ行って、未決の予審調書から写して来た盗品と、そっくりじゃないか」
「じゃ、亀田が窃盗の冤罪を被せられた、あの高瀬夫人の失くした品物か」
「そう……。これが、そうなの」
「じゃ、いよいよ亀田の窃盗罪は、むじつときまった」