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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

「へ? こちらですか」

「そうよ」

膝の毛布をけこみへ捨てて、お光さんは軽く俥を捨てた。石田屋という差入れ弁当屋だった。暗い店の腰かけにも四、五人の男たちが、めしを食べていた。

「おばさん。――オヤ相かわらず働いているのね」

彼女は土間を通って、野菜屑ですべりそうな煮物場へはいった。便所、帳場、流し元、すべての機関部となっている畳四枚と二坪ほどの土間に、秋蠅が充満していた。

「なんだ、お光さんか」

いわゆる後家の気丈者らしいここの内儀さんは、かぞえかけていた一円紙幣の束をもういちど読み直して、

「おまえさんも相変らずよく遊んで歩いているね」と、言った。

「だっておばさん、何をするのも、若いうちだもの」

「そうかね」

「おばさんみたいに、お巡査さんや刑事さんの月給から小利息を絞ったり、輪切りにするお大根を三角に切って何厘ちがうか考えてみたり、そうして一円紙幣の裏打をしては、銀行へ運んでみたってつまらないじゃないの」

「そうかね……」と、処世の哲学をしっかり持ってしまって、なりにも振りにもかまわない内儀さんは、てんからお光さんのたわ言などは、うわの空で聞いているらしい。