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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
しかし一丈あまりも高い塀だったので、足がかりがなければ越えられないのが分った。
彼の脱け出した穴から、六名の不良児たちはぽんぽんと外へ跳び降りた。そして塀の根にあつまると、一人が手をついて台になる、また一人がその上に重なる、また一人がその上に段をつくる、そして人間の梯子を作って、トムを塀のみねへ送り上げた。
「諸君、健康でいろよ」
「土産をたのむぜ」
「オーライ、何?」
「あんぱん」
「煙草」
「ナイフ」
「ピストル」
梯子の下から順々に註文した。
トムは外へぽんと降りた。かくべつ新しい世界でもなかった。ことに十二時近いので戸部の町は寝しずまっていた。彼は杉山神社のお堂へ行って寝ることにきめた。貧しい町にかこまれた松の丘には、貧弱なベンチとブランコがあった。
その晩、拝殿の裏に寝ころんでから間もなく、彼はすぐ下のベンチに不思議な動物を見てしまった。うとうととしかけると、どこから来たのか二個の動物が、夜更けのベンチに憩って、手も足も顔もどこにあるのか分らないようになって、いつまでも動かずにあるのだった。……トム公はこの時ほどふしぎな感に衝たれたことはない。彼はまじまじと闇を見つめて寝られなかった。