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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
いわゆる巨万の一攫を夢みることもできるし仲間買もやれるし合八もできるし、飽くまで自由なガラ式なのである。
人気馬には巨万の値がついた。種のいいサラブ、或いは英国ダービー馬の仔など、何万円というのが珍らしくなかった。二千三千の賞金などは垂涎にも価しなかった。騎手の生活は社会のどんな者より華やかで、また多すぎる艶福に神経衰弱になるほどだった。その中でも人気者の島崎にことばをかけられて、はいったトム公は、非常に肩身のひろい気がした。
視野のかぎり平面なきれいに刈りこんだ芝生を眸にするだけでも、トムはすばらしい爽快さにすぐ衝たれた。その芝生のいろの中に、男性的な駿馬と騎手とが個々に持つ、ユニホームの赤、紫、白、青などの洋画的な色彩がすぐ眼の中にとびこんで来る。
トムは、いつのまにか、貴族的な匂いと色との人中に埋っている、一等観覧席のあいだにもぐりこんでいたが、お光さんの姿を見つけるよりも、まずその方に気を奪られてしまった。無数の眼、金ぶちの眼鏡、望遠鏡、そして息づまりそうな沈黙をもった顔とが、すべて同じ角度に向いていた。
やがて、騎手たちはスタートを切った。