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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「はははは。気のながい商法じゃな。それじゃ、やっと、利廻りにしかつかんぞ」
「やはり、ご商売にするなら、こっちにも、相当に玄人すじがおりますから、石炭の方が、まちがいないでしょう」
「ふム、そういうものかな。とにかく、ご来客を煩わしてすまんが、わが島崎君のために、ひとつ、ご乾杯を願おう」
と、理平はグラスをあげて、乱酔している賓客たちを煙に巻いた。芸妓たちは、それこそは本気になって、島崎を祝福するのだった。
その騒々しい客間をのがれて、奈都子は庭へ下りていた。例の神学生の今村といっしょに。
「――まったく、僕も、こういう場合には実に困ることがありますよ」
今村はセンチメントに彼女の会話を誘い出しながら――
「何しろ僕も、酒ときたひにはちっとも飲けない性ですからね」
「私も……」
と、奈都子は言った。
「ああいう部屋の扉を開けただけでも、むうっと、しますのよ。それがもう、年中なんですからたまりませんわ」
「こういう生活というものも、そう申しては何ですが、実に、お察しできますね」
「わたし、何でもいいから、はやくこんな混濁した、心にもない、生活を抜け出して、ほんとに、力のある個性のもてる、家庭に生きたいと思いますわ」