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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「いよう、いろ男さん」
「なに言ってやがんでい」
と、今村はでんぽうに言い返して、
「人にここまで踏みこませて、慰みものにしちゃひでえや。そんな約束じゃねえはずだろう。もっと辛辣によ、あの娘を、堕落するところまで引っぱり堕して、それから、高瀬のやつに吠え面をかかせてやるという話なんじゃねえか、それを……」
「まあ、いいわよ、あれくらいで」と、お光さんが、彼の諄い泣き言を打ち切った。
「可哀そうじゃないか、あの娘に、罪はないんだもの」
「なあにネ」と、樫井が横から、口を出してからかった。「今村のやつは、実は、自分からあの娘に、興味をもってしまったんですよ。それを、浅いところで済まされたものだから、むやみに、腹が立つわけさ。君の口吻をまねして、ほんとに、僕、同情いたしますよ」
「畜生ッ」
「あはははは」
「おい、高すぎるぞ、声が」
「そうそう、まだ島崎が、来るはずだ」
「今のは、罪ッぽいけれど、あの方の口ならば、どんな辛辣にやってもかまわない」
「来る時分だぜ、やがて」
「ひっこめ、ひっこめ」
いたずらな魔もの達は、さんざん言いたいことを言い囃して、それぞれ皆、温室の蔭と植物の葉の中に、その首を沈めこんだ。