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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

まだまだ、本牧の風車の下で、関内の安ッぽいお吉や、似て非なる亀遊の髪あぶらの香を嗅いで、うつつを抜かしているてあいなどは、至って、馭しよい異人たちであるのだ。

だが、オキチでもブタでも、とにかく、彼等の満喫するに足る柔肌のかいなに抱かれて、彼らが姫氏の国の甘夢にうつつなき一夜こそ、港の埠頭は戦争だった。カンテラは桟橋を焦し、炭煙は桟橋に立ちこめている。ボーラ吠え、石炭かつぎ呶鳴り、波止場人足さけび、かんかん虫夜業にたたく。何もかも夜明けまでと、徹夜で、一万トンにあまる船腹を、手品のように、不良品とごまかしで、征服してしまうのだった。

ぼうっ! ぼうっ……

出帆の朝。――あの色けのない本船の咽ぶとい汽笛の声が、横浜の朝靄をゆるがすころになると、あっちこっちの遊仙窟から、それこそ、とるものもとりあえず、といったような、あわてふためいた異人たちが、上は船長から下は火夫やコックにいたるまで二人曳きで押ッとばして、出帆五分前――二分まえ、という際どいところを桟橋の本船へ駈けつけてくる。

その時こそ、船乗り異人の薄情さかげんがわかるし、開港町の女たちの、いと、あっさりしたものであることが歴然とする。