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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「この次は、サイベリア丸だとさ」
呉の客を送って、すぐに越の船の入港日を税関の前の掲示板で見ながら、よく戦った白粉の女たちは、裾寒げに、ぞろぞろと、自分の巣へかえってゆくのだった。
「や、ご苦労、ご苦労」
高瀬理平は、やっと一船かたづけて、ほっとしたように、腰をたたいた。――その朝は、千歳の女将が姿を見せなかったので、船の外人を送ってきた芸妓たちも、何となく、つぎ穂がなく、まじめに挨拶をして、それぞれの方角へ、俥の幌をかぶって、帰って行った。
「旦那さま、旦那さま」
桟橋を出ると、すぐに、迎えの馬車が理平の方へ寄って来た。
「お疲れでございましょう」
と、お槙は、一昨日の晩から、別人のように彼に親切だった。こんな朝はやくに、彼を迎えに来ることだって珍しいのであった。
「――朝は、だいぶ寒くなったな。もう季節だとみえて、鯊釣の竿が見えだした」
「夜ふかしがつづいたせいでございましょう」
「それもある。……あ。奈都子はどうしたね、医者に見せたかい」
「あれから、ずっと、寝ております。石川博士が毎日診察に来てくださいます」
「病名は」
「やはり神経性のものだろうと仰っしゃるんですが」