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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「トム公か。困ったやつじゃの」
「ほんとに、とんでもない者を預かってしまいましたわね。警察へおいてくれればいいのに」
と、お槙もいっしょに、眉をひそめた。
「だが、女将の証言がほんとだとすると、あれが千坂男爵の身よりのものだというのだから、そう分ってみると、署長も処置に困っとるんだろう。……おいあの小僧に、トム公に、そう言え、病人があるんじゃから、そんなものは吹いては困るって」
女中は旨をうけて、さっそく露台へ上がって行ったらしいけれど、ハーモニカはやまなかった。
理平は一睡したいのであったが、それが気になって寝る気にもなれなかった。千歳へ電話をかけさせてみると、女将はきのう東京へ行ってまだ帰って来ないとのことで、結局、そこへも当りようがなく、隣室へ寝床を命じて、横になった。
読みかけていた新聞にも、すぐに眼がつかれて、二、三時間ほど彼はウトウトとしていた。――すると隣室で、聞き馴れない来訪者の声がひびいた。
「ごじょうだんでしょう、君! 嘘を言ッたって、だめよ」
それは、男とも聞えるし、女ともうけとれるアクセントだった。
「――居留守なんて、古手だわよ、第一、君、自身ですら、女中にいないと言わせておきながらここにいるじゃないの。