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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
しかし、君だけじゃ相手にならないですから、ご主人に会わせてください」
「だってほんとに今、主人は船のお客をつれて、箱根の方へ参って、不在なのです」
応接しているのは、明らかにお槙だった。けれど、来訪者の圧倒的な語調のまえに、何となくおろおろしている風がわかる。
「誰だろう?」
と、理平は寝床の上に起き上がって、耳を澄ましていた。
「ホホホ」と、落着きすました笑い声だ。笑い声はやはり女だった。「――今朝、桟橋からお帰りになってから、ここのご主人はまだ一歩も外へ出ていないはずよ。君! そんな嘘ッぱち、いくら並べても、認めなくってよ。はやく会わせたまえ」
「あなた。会わせる会わせないはともかく、いったい誰に断って、ここへ、はいって来たんですか」
「女中君が、嘘をつくから、家宅侵入を敢えてしたのよ、君、訴えますか」
「……呆れましたね、なんていう、あばずれでしょう」
「けれど、君ほどに、あばずれでないつもりよ、その証明は後に立てます。とにかく、ご主人を呼んでもらいましょう」
「いませんよ」
「います」
「いません」
ふたりがいい募っているところへ、扉を押して、ひらりッと、はいって来た者があった。