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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「買おう! いくらだ」
と、言下にビリビリと引き裂いてしまった。
「お生憎さまです」
と、お光さんは皮肉な商人のように、わざと少し頭を下げて、
「それは、お売りいたしませんわ、なぜかと言えば、幾ら君の財力で買占めを試みても、原板でない以上は、何百枚でも複製がききますからね。無駄じゃないこと」
と、また隠しの中から、一葉の写真を出し示しながら、
「たとえば、こういう、トリック写真でも作ることができるんですから」
次のそれはまた、正視できないほど悪辣な猥画屋のトリックに依って画面の拡大されたものだった。夫人のお槙の首は、見も知らない売笑婦の裸体の胴にすげ代えられてあった。理平はもうそれを奪って、裂き捨てる勇気さえ失ってしまった。
その硬ばった理平の顔と、慚愧そのもののようなお槙の戦慄とは、トム公の眼に、頗る愉快な対照であった。トムは、椅子の上に軽く足を弾ませながら、その間に、ハーモニカの低吟を唇に弄しはじめた。
「もっと、ごらんにいれましょうか。まだ、奈都子さんのもありますが」
「ゆるしてくれ、もう、たくさんだ」
理平は、両手で、頭をかかえたまま、とうとう屈伏してしまった。