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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
――だが、彼の最も満足したのは、そこに、嬰児をおぶっている細君を連れた亀田が来ていてくれたことだった。
ふとい汽笛の呶号が、霧をふらした。船は桟橋を置いて徐々に水紋の間隔をひろげた。
見送りの人影は、てんでに、口へ手をかざして、彼に餞別の「ことば」を送った。トム公も、舷へのり出して、口へ手をかざした。
「――あばようッ」
港はいっぱいな陽あたりだった。方々の船で仕事をしているかんかん鎚の音がうららかだった。トム公のために唄うように、かんかん日和を唄が流れた――
だが、少年期から次の成長へ向って、彼に与えられたこの重大な航路が、いや岐路が、よい環境と未来とに恵まれればよいが。
――もしそうでなく、悪い潮から潮へ迎えられても、その結果には誰も責任は持ってくれないのだから。