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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「そんなら、間違う方のやつが悪いんだ。おら、悪かあねえ!」
少し昂って、そう言った彼の顔へ、ぬるい乳のような涙が、ばらばらこぼれた。
トム公は、いきなり母の手をふり払って、
「おっ母あは、嫌えだ! すぐに、泣くんだもの!」
と、ふとんの外へ出て、足をバタバタさせた。てんかんのように拳を握った。
そこへ、戸が開いた。亀田の細君であった。乳呑み児に、乳をふくませながら、
「奥さん――トムさんはお帰り?」
「え、今、帰りました」
「トムさん」
トム公は、頭をかかえたまま、こっちを向かなかった。
「きのうは、有難う。あんなに、お金をいただいてね。ほんとに……すみませんね。おかげ様で、五人が助かっていますの」
トム公の母には、何のことだか、わからなかった。トム公も、黙りこくっていた。
「――それから、きょう、警察の方が来ましてね、いろいろ調べて行きましたけれど、何だか、当分は、帰されそうもないようですね。……良人は、落魄れてこそいますけれど、決して、他人様の物を盗むなんて、そんな大それた人間じゃないとお巡査さんにも私から言いましたけれど」
「おばさん、心配しねえでも、大丈夫だよ。