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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
「昨ばんはどうも」
と、主人の春太郎という、自分も、抱えといっしょに、座しきに出ている三十ぐらいな働き芸妓、
「今朝もはやくから、蔦家さんのところへ呼ばれて」
「朝から、半玉が出るなんて、いい景気だこと」
「おかげさまでね」
「それに、あの妓は、まるで、お人形だから、お客には、いい玩具だろうよ」
「何しろ小さくってね」
「内気だけど、品がいいもの、ほかの雛妓さんと来たら、私たちでも、顔負けがするのがあるもの」
「感心なことには、五十銭でも一円でもお小遣いがあると、家へ送ってやるらしいんですよ。なんでも、おっ母さんというのは、まだ若いらしいけれど、盲目だとかいうのでしてね」
「へ。家は」
「それを言うと、いやがるんですけど、相沢のイロハ長屋……」
と言いかけて、口をむすぶと、格子が軽く鳴った。木履の鈴の音は、豆菊だった。
「あら、もう帰って来たの」
豆菊は、すぐ千歳の女将の方へ、
「きのうは、有難うございました」
「まるで、家の娘みたいだね」
「置いてみれば、可愛いもんですから」
と、言って春太郎は、豆菊の方へ向いて、
「どうしたの、お座しきは」
「あの、蔦家のお客さんが、伊勢佐木町へ連れてゆくと言うのよ、わたし、昼間だから、いやだって、言ったんだけれど」