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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
職長と飼主の間に、流暢な外語で、交渉が始まった。しかし、交渉はすぐに破裂して、飼主は、傲然と首を振った。理論に於て、上級船員たちも、取做しがつかなかった。ただ船長の裁判権に解決を待つよりほかはない。
「ふうッ……」
船長は当惑そうに首を振り動かした。
「射殺して下さい」
婦人はまた、それをくり返した。
職長も口をそえた。
「船渠の底へでも落されたらそれッきりです」
発電所の煙突は、時間どおり、黒煙を吐いて怒濤のように、海水を吐き入れていた。一時の汽笛が鳴っても、職工たちは、わいわいとさわいで、就業にかかりそうもない。
「困りましたなあ」
「ほんとに、どうして下さるの」
「船長!」
職長は、時計を示しながら、
「三時四十分に出渠できないと、一日延びますが」
「それは、いかんです」
「会社こそ困ります。次の入渠船へ、莫大な違約料をとられますからな」
船長は大きくうなずいて、ボーイに短銃を取りにやった。短銃は空へ向けられた。空の猿と甲板の飼主とは、主従で腹をあわしているように船長へ歯をむいて吠えた。
短銃を見せても、猿は下りて来ない。問題は紛糾した。相互の感情と利害は妥協の余地が見出せないように相反している。