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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
それを地道に訊こうというのに、シラを切るんだもの」
「覚えていやがれ、畜生」
「まだ怨んでいるのね、君は。――君は勘ちがいをしているのよ、私たちは何も、好んで君を痛めつけたわけじゃないわよ、そこに、相当な理由があるから敢えてお体を拝借して来たんだわ」
「なんだ、いッてえおれに聞きてえというのは」
「これよ」
お光さんは、金剛石の指環を示して、
「ご存じ?」
「知っている!」と、掏摸の常は、もう捨て鉢だった。
「船渠会社の構内で掏ったんでしょうね、あの、仲通りの高瀬商会の夫人お槙さんのオペラバッグから」
「それがどうしたって言うんだ」
「有難う……。それさえ分れば、ここに泛かび上がる人があるのよ。トム公、おまえこの巾着ッ切さんに、よく事情を話したらいいよ。こういう人は、物分りがはやいのだから」
トム公は巾着ッ切の常に向って、亀田がその冤罪をうけて、監獄へはいっていることを話した。また、その亀田には五人のあわれな家族たちがあって、飢えに瀕していることも話した。
トム公の話の半ばごろから、巾着ッ切の常は首を垂れてしまッて、社会の最大悪を犯したように、ただただ恐れ入っていた。