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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

それよりも、菊ちゃんは、どうして今時分来られたんだい。金春の家で、探していやしないのか」

「いいえ、お客さんに、お座敷を付けて戴いたの。……そんないいお客さんを、兄さん達はこの間、酷い目に合わしたのね」

「あの黒眼鏡か」

「え」

「だってあいつは、掏摸だもの。それにどやしてやる理があるんだから」

「違うわ、あんないい人はなくってよ。わたしが、せめて病院の外から、おっ母さんのいる窓の明りでもいいから見たいと言ったら、俥屋をよんで、お座敷をつけてくれて、病院の灯を見ておいでと言ってくれたのよ。……私、ここから、あの窓の灯を見て、お祈りをしていたの」

「おれも、おっ母あに会いたくって来たんだけれど、どうしても、会わしてくれやがらねえ。――よし、菊ちゃん、もう少しそこに待っていな、もういちど行って、何とかしておっ母あにおめえが見舞に来たことを話してやるから」

トムはたちまち駈けて行って、前の小使室をのぞきこんだ。電気が消えて、錠がかかっていた。彼は安心したように、病院の横へ廻って、物干場に渡してある、すべての綱と竹竿とを、こッそり裏の方へ運び出した。そして、二、三本の竿を束ねて、所々を綱で結び、それを二階の露台へ立てかけた。