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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

そしてこれからまだ千円ほどある金を資本として、根岸の競馬場の一等観覧席を占めて、馬券のガラ買合資会社をやって一攫巨万の夢をみている彼等なのである。

「諸君、紳士になったら、南京豆だけはよしたらどう」

お光さんは、両手を腰につがえながら、服装と品行のつりあいがとれない彼等のグループを上から眺めて、

「それはそうと、トムはどうしたんだろうね」

と、気がかりらしく呟いた。

「そうだ、トム公だけが来ない」

と樫井は芝の上から立ち上がった。そして、丘の端へ歩いてゆくお光さんの後について、そこから目の下に眺められる広い坦道を、いっしょになって見下ろした。

相沢から根岸の競馬場へとつづいているその道筋には、ほとんど、蟻の行列のような夥しい人間の流れが動いてゆくのが見える。馬車、パラソル、二人曳きの腕車、その中に高く見える騎馬巡査の帽子、その路傍に押しつぶされかかっている風船売りの風船玉、すべての喧噪と色彩とが一つになって流れている。秋の空の碧々と澄んだ彼方の馬見所のグラウンドの上には、黄いろい埃の虹が幾すじも立っていた。

「どうしたんだろう?」

お光さんはもういちど呟いた。