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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
すると、その洋館と日本座敷とをつないでいる橋廊下の上にぼんやりと、海をながめている雛妓のすがたがあった。トム公の影はすぐに隠れていた。
雛妓の影もそこから消えた。
いつのまにか、二人の影はひとつになって、海の方へ斜めになっている芝生の蔭にかがみ込んでいた。それは豆菊だった。
「兄さん、おっ母さんは、どうしたでしょうね」
「あれっきりだよ。おら、ゆうべの晩、西戸部から逃げ出して来たばかりだから、まだ行って見る暇がねえのさ」
「もう行っちゃいやよ、兄さん……」
「どこへ」
「おっ母さんの病院へ」
「自分のおっ母あのところへ行くのに、どうして悪い?」
「あそこには刑事さんが来ていて、兄さんが行ったらすぐ捕まえられてよ。もしおっ母さんの耳にはいったら、その心配だけでも、きっとおっ母さんは……」
と、袂を顔に当てると、掴み細工の花櫛が、前髪からふるえて落ちた。
「冷たい手をしているなあ」
「行っちゃいやよ、兄さん」
「じゃ、止すよ。……冷たい手だなあ、菊ちゃん、おめえ子供のくせに、どうしてこんな冷やッこい手をしているんだい」
「どうしてだか、分らないわ」
「陽あたりへ出ると、消えちまいそうだな。