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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

眼をつむって待った。男の近づけて来る顔を心臓で想像した。

彼の口臭が温く頬にさわった。鼻骨が鼻骨にふれた。そして、全身の神経が麻酔しかけたところへ、ぱッと、マグネシュウムのつよい閃光と爆音が、彼女を撲りつけたように驚かした。

彼女は、弾かれたようにベンチから飛び上がった。とたんに、棕梠の葉が手をたたくように揺れて、あたりの闇が、笑い声に騒いだ。

「? ……」

夫人のお槙の顔へ、もういっぺんマグネを与えたら、どんな表情をしているだろうと思って、お光さんや愚連隊の男たちは、止めどなく笑いを交換した。

お槙は、ふるえていた。そこに硬直したまま、誰とはなく睨みつけているのだった。そのあたまのうえを、ふわっと、白くながれてゆくマグネの煙が、島崎の化身のように。そばにいた島崎はいつのまにかそこにいなかった。

「見ておいで!」

彼女は、こめかみをぴりぴりさせて、うしろを振り向くと、突然、ヒステリックな声で呶鳴った。

「どなたも! みんな来てください! 悪いやつが大勢、邸宅の庭にはいりこんでいますから。――爺やッ、三吉ッ、お客様たちも来て下さい」

そして、危険を避けるように、温室の周囲をバタバタと駈けめぐった。