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かんかんむしはうたう

かんかん虫は唄う

吉川 英治

「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页

青空文庫

*

数日の後――

横浜駅のプラットホームは、今、新橋行の列車に駈けつける人々の騒音で慌だしかった。

一等車の窓の外には、千歳の女将と金春の春太郎とが、送りに来ていた。あとの処置はすべてよいようにしておくということ。大隈伯によろしくということ。――そして、くれぐれも、二人のことをなどということ。

「いや、お坊っちゃん、お嬢さまのことは、もう一切ご心配はございませぬ。何事も大隈の御前様が、よいようにして下さいましょうから」

と、家令、代理の者、ふたりが謹厳に帽子を脱いで労を謝した。

五分鈴が鳴ると、女将は、のび上がって、一等車のなかをのぞいた。華族のお孫になってこれから東京の邸へ迎えられようとする豆菊とトム公とは生れ代ったように、品よく見えた。

「……じゃ菊ちゃん、富麿さん、さようなら」

汽車はゆるぎ出した。送りに来た二人のすがたは、プラットホームといっしょに、うしろへ飛んで行った。

トム公はすぐに窓から首を出した。横浜の市街、横浜の港内が、彼のひとみに展開された。船渠の構内も瞬間、眼の下に見えた。

「――菊ちゃん、うれしいかい? 華族の家へ貰われてゆくんだとさ」