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かんかんむしはうたう
かんかん虫は唄う
吉川 英治
「週刊朝日」1930(昭和5)年10月号~1931(昭和6)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 91,006 字 · 182 页
つづけさまに、電話は、生きた怪物みたいに震鈴していた。
「お槙、おまえ出ろ。あ……おまえじゃいかん、奈都子、女中になって、おまえが聞いとけ。……そしてな、今の奴じゃったら、ご主人は只今もう東京の方へお出ましになりましたと」
だが、今度かかって来たのは、港町の青楼からであった。やさしい女の声なので、奈都子は、落着いて聞くことができた。
「おじ様、千歳の女将さんよ」
「そうか、大隈の御前様はまだおいでるらしいのか」
「え。ですけれど、きょうはまた、水上警察旗相定祝賀会というのへご出席なんですって。晩には、グランドホテルで、大使館の方や知事さんなんかの晩餐会があるから、とても、きょうはお目にかかる隙がないでしょうって」
「だから、そこを頼んであるんじゃないか、あの女将も役に立たん女じゃの」
「いいえ、ですから、まだ三、四日は、ご逗留になるらしいから、よい折があったら、お電話でお知らせするというんでしょう。おじさんみたいに、半聞きで、すぐに人を価しちゃ、失礼だわ」
「分った、分った、それならば、それでいい。折角、横浜へ来た大官を、利用せずに帰しちゃつまらんからの」
「どうしておじ様は、官員様ばかりそう崇拝なさるの」