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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

十

いま元禄四年までに、やっと出来あがっているのは修史義例、彰考館総目録、それと光圀が自分で筆を入れた六国史と跋ぐらいなもので――かれが胸中にもっている全体の構想からいえば、まだまだ、その下準備と、一部分の脱稿を見たというだけで、あと何十年かかるか、何代かかるか、見とおしもつかないほどだった。

わかっているのは、どう長く生きようと、およそ知れている自分の天寿だけであった。

十

国家的な文業もよいが、光圀のは、余りに規模が大きすぎる。遠大すぎる。せめて、自分の命数を標準に、生きているまにその完成が見られるぐらいな程度にしてはどんなものか――

そう心からかれを思って、さる大名が、ある折、かれに忠告したところ、光圀は、

(あなたのご領内にも、杉山や檜山がおありでしょうが――)

と、まったくべつなことを反問して、そのあとで答えた。

(一本の杉や檜が、材木として伐り出されるには、尠くも何十年かを要しましょう。……ところが自分がつねに領内の山を見ておると、もう齢も六十、七十になった百姓の老爺などが、手元も暗くなる頃まで、杉の苗など、山に植えているのを見かけます。……そのとき、ふと、いまあなたが私へご質問になったおことばと同じことを、その老爺のうえに思うのでござった。