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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

二

「勘太、行ってみようか」

「どこへですか」

「ちょうちん風呂とかへ」

「湯女のいるとこですか。真っ平です」

「おまえはまだ、そういう所へ足ぶみするのは、恐いとみえるな」

「何しろ、性根を入れ替えてから一年にもならないので、どうも自分でもまだ自分に保証がつきません。絃の音を聞き、白粉を嗅いで、ふらふらと、元の勘太に返っちまったりしたら――ああ思い出してもぞっとする」

「ははは。弱いやつ」

「旦那、おひとりで、見ておいでなさい」

「然らば、わしはひとりで行って来る。そちはただの銭湯に行くか」

介三郎にとっては、どっちへ入っても同じことらしい。何のこだわりもなく、色めいた町のほうへ曲がって行った。

二

「ああなりたいものだなあ」

勘太は、介三郎の影を、見送っていた。

「――もし、やましい気もちがあれば、ああいう風に、あっさりと湯女のいる風呂屋の軒などは潜れないはず。あの人には、どこへ自分を置こうと自分は惑わないという信念があるとみえる」

羨ましげな面もちでさえあった。そして、かれは反対なほうへ、黙々とあるいた。夜風に手拭をぶら下げて。

見附のわきまでゆくと、まっ黒に人がたかっていた。