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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

十

山門を閉めに来た僧侶の影が見えたので、刀を片手にさげた浪人者は、

「ざまを見ろ」

と、一声の悪罵をあびせて、村道から湊川のほうへ向って逃げ走って行った。

佐々介三郎は、寺の一室へはいって、眠るべく帯をときかけていた。呼びたてる僧の声に、解きかけた帯をしめ直してすぐ山門へ行った。勘太のうけた切傷は、あいての腕がにぶかったのが倖せで、後頭部をそれて背なかを斜めに斬っていた。傷口は長いが、刀痕はふかくない、ただ血しおは一時おそろしく全身をよごした。

「だいじょうぶです、旦那。……大丈夫ですから、自分の宿へかえります」

介三郎の肩に扶けられながら、勘太はしきりに拒んでいた。いや、かれの居室へ運ばれて行くのを遠慮して身をもがくのであるらしい。

十

素人療治でも癒る薄傷と思われたが、寺僧は遠くまで行って外科医をよび迎えて来た。もちろん生命には別条なく、およそ半月も寝ていたら元の体になろうということだった。

しかし、夜があけて、いつものように介三郎が仕事場へ出かけようとすると、勘太もむくりと起きようとする。どこへ行くかとたずねると、

「……仕事場へ」

と、どう止めても、行くといい張って、きかないのであった。