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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页
四
綱吉はたしかに、名君の質だった。けれど、将軍の職たる中途で凡君に堕してしまった人といえよう。
それが、常人ならば、かれはついに駄目だったというだけですむが、為政者の首脳だけに、一世を誤たしめてしまった。かれの焼がもどったことは、そのまま元禄という一時代を、糜爛させてしまった。
かれをそうさせた者が、輔佐の侍臣にあるとすれば、吉保の罪は個人的な罪ではすまない。
「佞臣、懲らすべし」
と、一部に義憤の声のあるのは、そのためである。
世上に聞えているうわさでは、水戸の副将軍が退いたのも、吉保の策謀だという。
いや水戸さまと綱吉将軍とは、元来がご気性があわないのである。将軍家がおきらいなのだ。ために、水戸さまは致仕し、身を西山におかくしになったものだ。そう伝える者もある。
すこし穿ち過ぎているようではあるが、恐らく真相であろう。
吉保と光圀とは、まさに正反対なひとである。
その施政方針も。
また日常も、家中の風も。
思想も――といいたいが、柳沢吉保とても、皇室、国家、というものにたいしてだけは、そう光圀と距りのあるわけはない。
かれはただ、より以上、おのれを愛しすぎる人間だった。