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ばいりせんせいぎょうじょうき

梅里先生行状記

吉川 英治

「朝日新聞」1941(昭和16)年2月18日~8月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 209,260 字 · 418 页

青空文庫

五

「ああ、解らない。……それにしても、悦之進どのは?」

寝がえりを打った時、戸外にはもう鶯の声がしていた。

五

「すこしでも寝ておかねば」

と、あすの勤めを思って、文八はそれから強いて眼をふさいだ。

とろりと、したかしないか、と思ううちに、はや戸を繰る音が玄関でする。

「……老公のお目ざめ」

かれは、がばと起きた。

いつもなら悦之進が、もうお側に侍して、何かと、世話しているのであるが、けさはその悦之進がまだ帰っていない。

あわただしく、身じまいをととのえて、お座の間へ行ってみた。

老公のすがたはない。

いちばん奥の端の――三畳間へ伺ってみた。お学問所である。

「たれじゃ」

ふすまの音に、老公はふり向いていう。そこにおられたのである。

「文八にございます」

手をつかえると、そうかといったのみで、机のうえで、何か書きつづけていた。――渡辺悦之進はまだ帰らぬのか――文八は訊かれることを待っていたが、

「はやいのう、昨夜はおそかったのに。……他の者はなお寝かしておけよ」

老公は、そういっただけであった。

「ありがとう存じまする。……なにか、ご用を仰せつけください。悦之進どのも、まだもどりませぬから」